スタートアップ・エコシステムを強くし、社会にインパクトをもたらすスタートアップ支援のステージへ

つくば市長 五十嵐 立青(いがらし たつお)
1978年生まれ。筑波大学国際総合学類、ロンドン大学 UCL公共政策研究所修士課程、筑波大学大学院人文社会科学研究科修了、博士(国際政治経済学)。
つくば市議を経て、2016年よりつくば市長。
いがらしコーチングオフィス代表として経営層にコーチングプログラムを提供。地域では障害のあるスタッフが働く農場「ごきげんファーム」を設立 (現在は代表退任)。マニフェスト大賞において2017年首長部門優秀賞受賞、2020年優秀マニフェスト推進賞受賞。2023年、OECDチャンピオンメイヤーに選出。
聞き手:株式会社しびっくぱわー 代表取締役社長 堀下恭平
01. つくば市が目指すスタートアップ支援のヴィジョン
堀下
五十嵐
つくばエリアでは、2000年頃から筑波大学や国立研究開発法人の産業技術総合研究所、物質・材料研究機構(NIMS)が技術移転によるベンチャー創出に取り組まれています。特に筑波大学は大学発ベンチャー数で常に3~5位の実績があり、現在累計で262社が設立されています。このようなスタートアップの風土が少しずつ出来上がっていく中で、つくば市としても多様化する市民ニーズや社会課題への対応、そして街の持続的な暮らしやすさのための産業の創出において、ディープテック・スタートアップが持つ可能性を感じていました。そこで私が市長に就任した翌年の2017年からスタートアップ支援の検討を始め、2018年4月にスタートアップ推進室を設置しました。そこではアドバイザーやスタートアップ推進監という外部人材を活用し、担当職員の育成、スタートアップ戦略の策定、スタートアップ関係者とのネットワーク構築などをアジャイルで実施してきました。
初期の支援としては、創業前からレイター期まで幅広く施策を打ち込み、効果的な施策を模索しながら仮説・実行・検証・見直し・・・というサイクルを回しながら、まさにスタートアップ経営のように進めてきました。その中でも、世界のスタートアップ・エコシステムの関係者に話を聞いていくと、必ず拠点としての「たまり場」がありました。「たまり場から様々な動きが生まれてくる」と。つくばでスタートアップの文化を根付かせていくためには、何よりも先にたまり場をつくることが必要だと感じ、つくば駅から徒歩5分のつくば市産業振興センターを「つくばスタートアップパーク」としてリノベーションし、2019年10月にオープンしました。オープン以来、56社が創業し、来館者は延べ48,000人を超え、オープン直後にはコロナ禍となりましたが、一定の成果が出たことに手応えを感じています。今では国内外の政府関係者も多く視察に来ていただき、認知度や評価も高まってきています。
また、スタートアップ支援は我々行政だけでは成り立たないため、つくば市と茨城県が共同会長として、技術シーズ創出側の大学・研究機関及び民間支援機関を巻き込んだ「つくばスタートアップ・エコシステム・コンソーシアム」を2020年に発足させました。筑波大学と市が中心となり国研も参画するアントレプレナー育成事業が成果を出し始めるなど、エコシステムの土台も少しずつ形になってきていると実感しています。

堀下
2023年4月に第2期つくば市スタートアップ戦略に発展しました。お話のとおり、これまでの第1期戦略では創業前からレイター期まで幅広い支援にチャレンジしていましたが、第2期では2つの基本方針である「人的資源と研究成果を生かしたスタートアップ創出」というアントレプレナーシップに関することと「スタートアップが成長できるエコシステムの醸成」というエコシステムの強化が掲げられています。2年が経過し、手応えをお聞かせください。
五十嵐
エコシステムではやはり民間支援機関の参画が重要です。つくばはアカデミックな街ですから、ビジネス側の支援が他地域と比べて不足しています。とは言え、一度にすべての問題を解決できるものではありませんから、まずは「事業化による社会貢献」という選択肢を研究者に持っていただけるように、0→1と言われるアントレプレナーシップの醸成に力を入れました。その中でも、筑波大学の「つくば次世代アントレプレナー育成プログラム~ビジネスデベロップ講座~」(BizDev講座)は、大学のみならず国研や民間企業も資金を出して参加する事業であり、つくば市も予算を投入しています。またこの事業のメンター陣は、エコシステムの民間支援機関から多く参加していただいています。このように、国の補助金等に頼らずエリアで自走できる仕組みが構築できたことは、とても大きな成果だと感じています。もちろん、創業前後のステージに力を注げたのは、その後の成長を支援する民間機関との連動が出始めたことも大きかったです。
堀下
つくばのディープテックはスタートアップのグローバルコンテストで優勝したNIMS発ベンチャーの「株式会社Thermalytica(サーマリティカ)」などの活躍もあり海外からの注目も高いと思います。グローバルに事業を展開していく上で、つくば市が実施している海外機関との連携について教えてください。
五十嵐
つくば市は米国ケンブリッジ市のCambridge Innovation Center(CIC)、欧州ルクセンブルクのLUXINNOVATION、シンガポールのJSIPとスタートアップ支援の連携協定を結んでいます。つくばのディープテックは世界の社会課題の解決に貢献できるポテンシャルがあります。スタートアップの海外展開を支援するため、市としても現地とのつながりを持つことは意義があり、特に北米(ライフサイエンス、ロボット)、欧州(環境、宇宙)、東南アジア(バイオ、エネルギー)という3か所を固めました。これまではJETRO茨城と一緒にルクセンブルク現地でのアクセラレーション事業を実施し、現地法人設立を検討するところまで進んでいるスタートアップも出ています。今後も、JETRO茨城と一緒に他地域でも事業を展開していければと考えています。
堀下
五十嵐市長はこれまでも海外イベントに招待されて、つくばのスタートアップ支援について講演されてきましたが、海外とつくばではスタートアップ支援に関して違いは見られますか?
五十嵐
スタートアップ支援のメニューという点では、動く金額の差はありますが、内容はそこまで違いはないと感じています。大きな違いを感じたのは、エコシステムの中では、BBQや飲み会などの気軽な交流が当たり前のように多いことです。エコシステムは組織が参画するというより、そこの担当者間の信頼関係をどれだけ濃密に築けるかだと感じています。つくば市でも昨年初めて地元の食材やお酒を使ったBBQ交流会を実施しましたが、皆さんも気軽な交流会を待ち望んでいたようで、何気ない会話でもスタートアップ支援への示唆が多く得られました。人と人をつなぐ取り組みはとても大切ですから継続していきます。

02. つくばの研究機関が持つ技術シーズの社会貢献を後押しする「インパクト・スタートアップ支援」のスタート
堀下
2025年4月1日現在、つくば市の登録スタートアップ制度に登録している法人は、106社です。一般的に企業は誰かのニーズに応える製品やサービスを提供しています。様々なピッチを見ているとそのニーズの中でも社会全体の困りごと、あるいは新しい社会の実現を目指す会社も出始め、特にスタートアップに多く見られます。これらのスタートアップは「インパクト・スタートアップ」と呼ばれ、経済産業省では「社会的・環境的課題の解決や新たなヴィジョンの実現と、持続的な経済成長をともに目指す企業」と定義し、現在J-Startup Impactとして30社が選定されています。グローバルで評価が高いThermalyticaを始めとしてつくばのスタートアップの中にも、これらインパクト・スタートアップを目指せる企業が出てきていると思います。五十嵐市長のインパクト・スタートアップに対する考えをお聞かせください。
五十嵐
つくばのディープテックが社会課題の解決に期待できることは実感していますし、本気でできると思っています。しかし、「社会を変えるインパクト」を出していくためには事業規模を大きくし会社を成長させていかなければなりません。ここがビジネスの難しさだと思います。規模の大きいニーズ、課題に対応していくことも必要となりますが、その社会課題の中では、環境・エネルギー、健康(スポーツ、福祉)、教育分野は市としても力を入れていきたいですし、経産省のJ-Startup Impactでもこれらの事業は多くみられます。国の政策に歩調を合わせて支援していくことで、課題解決と成長の両立を目指すインパクト・スタートアップの創出と成長を実現できると期待しています。
堀下
五十嵐市長3期目(2024年~2028年)のロードマップには「No.87社会にインパクトをもたらすスタートアップ企業への支援推進」が掲げられています。つくば市としてどのような事業を展開していくのかお聞かせください。
五十嵐
先ほどお話ししたように、社会実装は局所的なテクノロジーの導入ではなく、社会全体に波及してこそ、社会課題の解決につながると感じています。これまではスタートアップの製品やサービスが持つ社会とのギャップを埋める実証実験事業が全国的にも多く見られていますが、もっと踏み込んで社会の一部として溶け込んでいく仕組みづくりが必要だと感じています。そこで新しい事業として「インパクト・スタートアップ社会実装支援事業」を予算化しました。インパクト・スタートアップをターゲットにした社会実装支援事業は、全国の自治体で初めての試みです。スタートアップと行政だけではなく、住民や地元企業なども巻き込み、社会システムの一部となるような仕組みづくりの支援にチャレンジし、市民生活の向上も図っていきます。

03. スタートアップ・エコシステムの強化に向けて、アカデミアや民間支援機関に期待すること、つくば市がコミットすること
堀下
つくばのスタートアップ・エコシステムの構築を担う「つくばスタートアップ・エコシステム・コンソーシアム」は、筑波大学や国研などのアカデミアは11機関、銀行やVCなどの民間支援は34社まで広がりました。ここまで大きくなったことは、やはりつくばのディープテックが持つポテンシャルへの期待の表れではないでしょうか。これまでのエコシステムでの活動で手応えを感じていることがありましたらお聞かせください。
五十嵐
一番は参画する組織が同じ目線でいられることだと思います。ディープテック・スタートアップ支援は年月と資金が多く必要となります。そのため、一朝一夕には成果はでません。そこを相互に理解し連携を進められた結果として先ほどのBizDev講座でもこれだけ足並みを揃えられたと思います。エコシステムを組成し始めて5年が経ちますが、0→1ステージの支援は土台ができました。さらなるエコシステムの強化に向けては、次の1→10、10→30といったステージでの支援を充実させていくタイミングだと感じています。
堀下
5年が経過し、引き続きディープテック・スタートアップの成長を支援していくためには、おっしゃるとおり各機関の取組に加えエコシステムを一層強くしていくことも必要かと思います。つくば市としてアカデミアや支援機関に期待すること、またつくば市としてエコシステム強化にコミットしていくことをお聞かせください。
五十嵐
アカデミア側の支援担当者の方々は、日々技術シーズや研究者の発掘に取り組まれていらっしゃいます。またこれまでベンチャー支援制度が無かった国研でも、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)や国立環境研究所のように制度を創設し、認定第1号を出されたところが出始めました。このような動きはエコシステムの強化にも重要ですし、他の研究機関にも波及していくことを期待します。もちろん、我々も最大限のサポートはします。そして、ひとりでも多くの研究者や学生にスタートアップという選択肢を持ってもらえれば嬉しいです。
そして、スタートアップもエコシステムも一番大切なことは「人」だと思います。特にディープテック・スタートアップを成長させるには、先ほどの社会実装支援に加え、組織を大きくしていくための「人材確保」が必要です。つくばには筑波大学生、研究者OB、転居してきた企業OBの方々がたくさんいます。この方々の持つ力は、スタートアップの成長に欠かせません。またスタートアップを含めた中小企業についても雇用者の確保という点では今年策定した第2次つくば市産業戦略でも重点施策に掲げています。筑波大学の学生と話す機会もありますが、やはり都内の大手企業への認知が多く、スタートアップを含めたつくばの企業は「知らない、知る機会がない」というのが現状です。これらの学生や経験豊富なシニア層などはスタートアップの成長には不可欠な人材だと思っていますから、今後は人材と企業がつながる場を創出し、このつながりを拡げてエコシステムの強化につなげていきたいと思います。

つくばのスタートアップ・エコシステムはアカデミア・企業・行政の「人」のつながりが強みです。このつながりに学生やシニア、諸外国など内外からの新たな「人」を呼び込み、これまで以上に熱量を上げていきますのでご期待ください。
スタートアップが挑戦し、成長し、世界へ飛び立つ旅の物語
“つくばスタートアップジャーニー”
未来のための、あなたの旅の仲間はここにいます。
【インタビュー/写真撮影】
聞き手:株式会社しびっくぱわー 代表取締役社長 堀下恭平
写真撮影:株式会社しびっくぱわー 川原涼太郎
つくば市が抱える筑波研究学園都市は、150を超える官民の研究機関が集まり、14,000人近い研究者が活動する日本で唯一の都市です。このアカデミックな都市をどのように持続的に成長させていくか、その一端を担うのが新しい産業を作り出す可能性を秘めている研究成果を事業化するスタートアップ(ベンチャー含む。以下、同様)です。つくば市がスタートアップ支援を始めたのは2018年4月です。今では国も地方もスタートアップ支援が盛んになっていますが、当時はごく僅かな自治体しか本格的に実施していませんでした。また、つくば市のような唯一無二の研究学園都市でのスタートアップ支援は例がなく、試行錯誤が多かったのではないでしょうか。まず五十嵐市長が就任されてからのつくば市のスタートアップ支援について、簡単に振り返ってください。