学際性が生み出すアントレプレナーシップとスタートアップ・エコシステム

国立大学法人筑波大学 国際産学連携本部産官学共創プロデューサー 安 敬(やす たかし)
2009年よりHondaにて四輪車のプラットフォーム・量産車の開発、新規事業開発プログラムの企画・運営、社内技術シーズを活用した事業開発に従事。2022年からDeepTechスタートアップSUN METALONのプロジェクトマネージャーとして金属リサイクル装置のPoC、装置開発をリード。2024年5月より現職。研究シーズの社会実装、スタートアップ創出支援に従事。MBA(経営学修士)、M.Eng(工学修士)
国立大学法人筑波大学 国際産学連携本部准教授 野村 豪(のむら つよし)
筑波大学修了後、株式会社SUBARUを経て、筑波大学国際産学連携本部技術移転マネージャー。2023年4月より筑波大学国際産学連携本部アントレプレナーシップ・知的財産教育担当教員。ベンチャー起業相談室のリーダーとして、100名以上の相談対応を行い、およそ30社を起業に導く。学生に対する授業として「アントレプレナーへの誘い」「筑波クリエイティブ・キャンプ」を担当。つくば地区の国立開発研究法人等の研究者も対象に含めた「つくばアントレプレナー育成プログラム BizDev講座」の講師を務める。
つくば市 スタートアップ推進室室長 屋代 知行(やしろ ともゆき)
つくば市出身。大学卒業後、民間研究部門を経て2006年につくば市役所へ入庁。途中、経済産業省への2年間を経て、政策企画、防災、シティプロモーション、現市長直下の政策マネジメントに従事し、スタートアップ支援7年目に突入中。第1期プラチナ構想スクール修了、NEDO-SSA Associate(4期)、TXアントレプレナーパートナーズ メンター会員(個人として)。
※本インタビューでは、スタートアップとベンチャーを同義語として扱います
筑波研究学園都市において唯一の総合大学である「国立大学法人筑波大学」は、国内外の様々な機関や社会と自由・緊密に学際的な交流連携を深めながら教育・研究を行っています。その実践のあらわれのひとつとして、アントレプレナー教育からのスタートアップの成長支援を経て資金が教育システムに還元されるエコシステムを強化し、スタートアップを増加させていくことを目指しています。
今回は、つくばの研究シーズの事業化において重要な役割を担う筑波大学でアントレプレナー育成からスタートアップ創出支援までをカバーする「国際産学連携本部」の安さん、野村さんをお迎えして、つくばのスタートアップ・エコシステムへの期待についてお話しします。
01. アントレプレナー育成のフロントランナーとして
屋代
安/野村
よろしくお願いします。
屋代
お二人とは仕事でもSNSでも結構頻繁にコミュニケーションをするので、こういった機会でちゃんとお話しすることは何だか変な感じでもありますね(笑)。今日は真面目にインタビューしますが、もちろん楽しく明るく進めたいのでよろしくお願いします(笑)。
安
今日は真面目モードですね!了解しました!よろしくお願いします(笑)。
野村
了解しました(笑)。

屋代
内容は真面目に、でもインタビューは楽しくやろう!ということで、いつもどおりの「素」で良いですよ(笑)。さて、今日のインタビューは筑波大学構内でもなく、つくばスタートアップパークでもなく、その2つがほぼ隣接する中央公園に来ています。外でインタビューすること自体珍しいことですが、実はちゃんと理由があって、ひとつはたまには外で話すことも良いかなと思ったのと、もうひとつは、この「つくばスタートアップジャーニー」のブランドカラーは「萌黄色」と言ってロゴマークの筑波山の上にある星の色がその萌黄色なんです。萌え出る若草の色に例えられることから「若さ」を象徴する色なんです。スタートアップ関係者は常に新しい挑戦をし続けるという意味で「若き旅人である」と我々は考えています。だから、若芽の新緑が素晴らしい中央公園でインタビューをしようと考えました。あと、スタートアップ関連のウェブサイトですが、ちょくちょくつくば市の人気スポットも紹介したいなという市職員としての姿勢が表れた結果もあります(笑)。
安
さりげなくつくばアピール、さすがです(笑)。
野村
その若き旅人に私たちが選ばれたと思って本日臨みますね!
屋代
はい、アラフォーの若き旅人、心は永遠の18歳くらいで(笑)。

屋代
それではそろそろ本題に。筑波大学は、2023年度の大学発ベンチャー数で第5位です。ここ数年3位から5位という実績を出しています。その背景を私なりに考えてみたんですが、何よりも学生のアントレプレナー育成も盛んですし、教授や准教授などの教員に対するプログラムの存在が大きいと思います。そこで、まず野村さんからはアントレプレナー育成プログラムを、安さんからは研究シーズの事業化へ向けたプログラムをお聞かせください。
野村
はい。筑波大学の単位が取れる授業として我々は4つのアントレプレナーシップの授業を担当しています。アントレプレナーの初歩的マインドセットを学ぶ1~2年生向けの「アントレプレナーへの誘い」をエントリー講座とし、学生のアイデアからビジネスプランをPBL形式で練り上げる3年生以上が中心の「筑波クリエイティブキャンプベーシック/アドバンス」として2講座、そして、起業したときに失敗しないための経営・法務知識を学ぶ「起業家のための経営・知財必須知識」などがあります。また、学生だけでなく研究者に対しても、自身の研究成果を起業と言う手段で社会実装を目指す方向けのビジネスプラン講座を行っています。これは、筑波大で開発したハンズオン支援型の実践的教育プログラムで、つくば地域の国立研究機関所属の研究者を中心に広くオープンに受講者を募って開講しているものです。過去8年間の歴史では、300人を超える受講者がいて、これまでに約20社が設立されています。最初の5年間は文科省のEDGE-NEXT事業が採択されてその資金を原資に提供をしていましたが、受託期間が終了した後は、受講者に受講料を負担いただく形に変えて自走化し、新たに「BizDev講座」と名を変えて提供をしています。その際、この講座の魅力を感じてくれたつくば市から協賛金を頂けることとなり、更にパワーアップして続けている状況です。
安
シーズの事業化については研究者を対象に幅広い支援を行っています。研究室を訪問し、膝を突き合わせて社会実装の可能性を議論するシーズ発掘の段階から、ベンチャー創出を目指して開発資金やメンターの伴走支援等を提供する国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のつばさ事業(旧称:SCORE大学推進型、今年度より「つばさplus」として新たに実施)、経営者としてのスキルを身につける経営スキルアップ講座やチームづくりを支援するEIR(客員起業家)制度など、一気通貫で支援する体制と支援プログラムを運営しています。切れ目ない支援がチャレンジしやすい土壌を作り、その結果として研究シーズを元にした起業数も増えていると感じています。つばさ事業からもすでに12社が立ち上がりました。
屋代
ありがとうございます。BizDevとEDGE-NEXTから20社、つばさ事業から12社も立ち上がったんですね!その中の何社かはつくばスタートアップパークに入居したスタートアップもいます。現在はどのスタートアップも成長していて、どの事業も効果が大きいと感じています。BizDev講座については、つくば市は毎年600万円を協賛しています。予算の話は生々しいので止めようかとも思ったのですが(笑)、野村さんの言うとおりで、文科省のEDGE-NEXT事業が終わるタイミングで、実はつくば市としても終わることはダメージが大きいと考えていました。複数の国研を巻き込んだスタートアップ支援事業として形ができていましたし、他の大学では見られない地域一体型のアントレプレナー育成事業でした。つくば市はスタートアップ支援の2期目に入ろうとしていた中で、事業のスクラップ&ビルドの一環で協賛することを決めました。そこから創業する国研の研究者も出ていますから、本当に重要な事業だと思います。BizDev講座とつばさ事業を見て来られたお二人は、どのあたりがつくばの特徴というか強みだと感じましたか?
野村
やはり研究者が2万人いる街ですから、起業シーズの質と言う点では本当にどれも素晴らしいと思います。本学を含むどの機関もスタートアップの創出を目指せる研究成果の宝庫です。更に、それぞれの機関の中で知的財産権がしっかり確保されているので、起業した際の他社との差別化するポイントを明確にしやすいという点も特徴かなと思います。
安
私も同じくシーズの質が素晴らしいと思います。また、国立研究開発法人のJAXA(宇宙航空研究開発機構)、NIMS(物質・材料研究機構)、農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)など、さまざまな研究分野を背景としたシーズの多様性も特徴ですよね。加えて、CYBERDYNE株式会社やピクシーダストテクノロジーズ株式会社など研究者が事業化にチャレンジしてきた先駆者たちがいることも研究シーズの事業化マインドというか、雰囲気というか、言語化が難しいですが(汗)、強みかもしれません。研究者の方と話していると研究で社会に貢献したいというマインドを感じることも多いですね。
屋代
ありがとうございます。やはり「筑波研究学園都市」として技術シーズが多いので、知財を生かした事業戦略はとても大切ですよね。そして、先輩アントレプレナーが身近にいることも大きな影響があると思います。

02. 筑波大学発ベンチャーの特徴
屋代
お話にあったような多くの事業の成果として、筑波大学発ベンチャーは設立累計数が262社(2025年3月13日現在、インタビュー時の最新情報)となっています。一番古い設立年は1998年ですから、長年積み上げてきた実績は大きいですね。株式を上場した会社も複数ありますが、その中でもつくば市内に本社を置いているCYBERDYNE株式会社は、スタートアップに関わる者であれば一度は名を聞いたことがあると思います。CYBERDYNE社以外でもライフサイエンス、宇宙、ロボティクス、バイオ、IT、AIなど多くの分野でスタートアップが生まれています。また、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社は筑波大学との特別共同研究事業での研究成果に基づく知的財産権を包括的に譲り受ける対価として、筑波大学に対して新株予約権を発行するなど、会社設立後のスタートアップの成長面でも様々な試みをされていますね。あと私が特徴的だなと思うのが、高専から編入してきた学生がスタートアップを立ち上げることが目立つという状況です。まずは、先ほどアントレプレナー育成事業についてお聞きしましたが、スタートアップを立ち上げるにあたっては、高専からの編入生で特徴はあるのでしょうか?
野村
私は授業やベンチャー起業相談室で高専からの編入生とよく接点がありますが、本当に高専から編入してくる学生はアントレプレナーシップに長けていると感じます。それは、研究室などに入る前から得意な技術を持っているという点はもちろんですが、大学への編入という道を選んだ生徒は現状を変えようと意思を持って周囲とは違う道を選択できる勇気と実行力があります。技術とこのマインドセットを持っている高専編入組は強力ですよね。こういった学生には目を付けます(笑)。そして、私たちが提供しているつばさ事業のようなスタートアップ創出支援プログラムに入ってもらって、プロフェッショナルなメンターからの指導を受けて成長してもらうような支援を行っています。
屋代
なるほど。あとは大学でのアントレプレナー育成事業を受けた者が、つくばスタートアップパークで会社設立に関する相談を受けるケースも増えてきましたね。特に先ほどのBizDev講座やつばさ事業を受けた者もいます。そして、設立後そのままつくばスタートアップパークのコワーキングを本社登記する方もいます。大学での支援を市が受け継ぐ流れができているので、我々としてはつくばスタートアップパークの存在意義が増えてとてもやりがいが生まれます。ところで、筑波大学発ベンチャーは全国で活動していると思いますが、普段から繋がりはあるのでしょうか?また繋がるための仕掛けなどはありますか?先程、高専からの編入組がスタートアップを立ち上げるという話をしましたが、この高専組でのコミュニティもチラホラと見ますね。
安
そうですね、高専組や起業した学生仲間でコミュニティが出来上がっていますし、シンポジウム等で一堂に会す機会もあって頻繁ではないですが繋がりを持ちながら活動しています。大学側の仕掛けという意味では先ほど紹介したつばさ事業でもアルムナイ活動も力を入れていますね。横だけでなく縦のつながりを作り、同じ釜の飯を食べた仲間として互いに生々しい情報交換がされていてとても良いつながりだなーと感じています。こういった継続したつながりが強いコミュニティというか、ブランドになっているのかもしれません。
屋代
「筑波大学出身」というブランドはとても強いものだと思います。アメリカのスタートアップは先輩から後輩への寄付文化がありますから、そういった「面ではない縦のエコシステム」をどれだけ作れるかも重要になってくると思います。このような人のつながりは、つくば市としても一番大切にしていますね。それから、筑波大学の永田学長の学長所信表明を読んでいると、「アントレプレナー教育からスタートアップの成長支援を経て資金が教育システムに還元されるエコシステムを強化し、スタートアップを増加させていくことを期待します」と述べておられます。大学発ベンチャーの成長は大学のミッションから外れてしまうと思っているのですが、現在、成長に関して何か支援策を打っていることはありますか?
安
主な取り組みとしてはベンチャーシンポジウムや事業化促進プロジェクトがあります。ベンチャーシンポジウムは大学が主催し、革新的な技術を持つ筑波大学発スタートアップに事業紹介やポスターセッションを行っていただくイベントです。投資や企業との協業・共同研究につながることもありますね。事業化促進プロジェクトでは大学の研究シーズの社会実装目指すベンチャーに対し研究場所を貸与する支援も行っています。
屋代
なるほど、しかし、大学として成長支援をしていると言え、やはり教育機関ができることは限界があるんじゃないかと、私は思います。スタートアップというビジネス界での活動を考えると、金融、VC、アクセラレーター、企業など様々なプレーヤーとの提携が必要になってくるはずで、そういった機関とどう繋がっていくかも考えていかないといけませんね。

03. 学際性がもたらすスタートアップ・エコシステムの成長
屋代
筑波大学の特徴のひとつが「学際性」であることは間違いありません。学際性の究極的な意味は、既存の学問分野だけでは解決できない課題に挑む新たな学問分野を創成すること、と過去に永田学長も仰ってました(学長所信表明バックナンバーより引用)。これは、イノベーション創出やスタートアップ経営でも共通することだなと感じています。そして、スタートアップ界隈においては、その学際性あるいはエンゲージメントと言いますか、そういったものが筑波大学の中だけに留まらず、国立大学法人の茨城大学や筑波技術大学、そして国立研究開発法人や民間企業も巻き込んでおり、つくばのスタートアップ・エコシステムの土台になっていると感じています。BizDev講座を担当している野村さんから見て、学外の他機関を巻き込んで開催してきた中で、これらの効果と言うか、他地域にはない強みを感じる部分はありますか?
野村
BizDev講座は起業シーズを提供した研究者を中心にチームを作りますが、それには他の機関からの参加者をシャッフルした混成チームを作ります。その理由は、先ほど起業シーズの宝庫と言いましたけど、研究者はその道のプロなのでその業界のトレンドやコミュニティはつかんでいますが、事業化を検討する際には、その研究領域を超えた情報や技術が必要になるので、その際にこの混成チームによってそれぞれのネットワークや知見を活用してよいビジネスプランを構築することができています。これが他機関を巻き込むことの強みだと感じています。
屋代
私もBizDev講座の前のEdge-Next時代から見ていますが、組織の壁を越えてチームで事業計画を磨き上げる仕組みにビックリした記憶があります。それはアントレプレナーという「人」にフォーカスしているからこそだと思っています。また、安さんが担当されているつばさ事業も同じですが、これらのアントレプレナーを育成する外部メンター陣も強力だと実感しています。一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ副理事の尾崎典明さんが中心となっている多彩なメンター陣のコミュニティは、つくばのディープテック・アントレプレナーにとっては最高の環境だと思います。実際につばさ事業でのメンタリングなどを見ていて、メンター陣の方々と学際性というキーワードの繋がりなどが感じられるところはあるのでしょうか?
安
メンター陣のコミュニティは……お世辞抜きで最高の環境だと思います。私も筑波大に来た時に驚いたことの一つですね。メンターの皆様は製造業、応用化学、創薬・ヘルスケア、ロボティクスといった多様なバックグラウンドをお持ちなので筑波大らしい医工連携などの学際的なテーマにもとてもフィットしているな、と思います。
屋代
ありがとうございます。つくばのスタートアップ・エコシステムは数多くの組織が参画していますが、結局のところ、それぞれのプレーヤーが動いて混ざり合わないと、先ほどの学際性も真価を発揮しないんだなと実感しています。そこをお二人が担うこともあれば、メンター陣が担うこともある、もちろん私が担うこともありと、それぞれがエコシステムの回転軸として機能しているからこそ、参画機関も増えているんだと思います。なんだかんだで真面目な話が多くなってしまいましたが(笑)、最後にお二人からつくばのスタートアップ・エコシステムに対する期待をお聞かせください。
野村
日本発ディープテックスタートアップの震源地としての飛躍ですね。豊富な知的資産は元からありましたが、それを支援する人材や知見が揃い、環境や雰囲気も出来つつあって、飛び立つ夜明け前と言う感じがしています。
安
つくばはシーズの数・質ともに世界でもTOPクラスのスタートアップエコシステムのポテンシャルがあると確信していますし、スタートアップで働く方々や我々支援者が志を持って継続して取り組めばそれができると信じているので、みんなでチャレンジしていきたいですね!
屋代
こうやってしっかりとエコシステムへの期待を聞くと、身が引き締まるというか、やらなければならないことがしっかりと見えてきますね。と言うことで、ちょうどいい感じに中央公園の端まで来ました(笑)。野村さんはこの後すぐにMTGがあるとのことで、このまま止まらずに大学までお進みください(笑)。今日は、つくばのスタートアップ・エコシステムに欠かせない筑波大学のキープレイヤーである野村さんと安さんから、スタートアップジャーニーへの気づきを多く得ることができました。引き続き、よろしくお願いいたします!
野村
はい、この後は学内で連携している組織とのスタートアップ創出に関する打ち合わせに行ってきます。今日は良い打ち合わせができる気がします(笑)。
安
こちらこそ改めて気がつくことが多く良い機会になりました。ありがとうございました!私はまだ少し時間あるのでスタパで屋代さんと延長戦したいと思います(笑)。引き続きよろしくお願いします!

つくばのスタートアップ・エコシステムはアカデミア・企業・行政の「人」のつながりが強みです。筑波大学の強みである“学際性”こそ、つくばにおける様々な要素が結合して生まれるイノベーションの土台であり、その結合へと導く「人のつながり」を支えています。
スタートアップが挑戦し、成長し、世界へ飛び立つ旅の物語
“つくばスタートアップジャーニー”
未来のための、あなたの旅の仲間はここにいます。
安さん、野村さん、よろしくお願いします。