INTERVIEW インタビュー記事

地域企業と協創し、新たな企業価値の創造へ 〜未来をやさしく照らす光〜

株式会社常陽銀行 コンサルティング営業部 次長岸田 淳

2001年常陽銀行入行。つくば市在住。土浦支店営業第一課長を経て、コンサルティングマネージャーとして茨城県県南エリア・同県西エリアにおける法人取引先の経営課題解決支援に従事。2024年4月より現職。リサーチ&コンサルティンググループ長として取引先企業の本業支援(コンサルティングサービス提供、ビジネスマッチング等)やスタートアップ企業等と地域企業の連携支援、めぶきビジネスアワードといった様々なプロジェクトを主導。

株式会社常陽キャピタルパートナーズ 代表取締役池田 重人

1986年常陽銀行入行。地域協創部長を経て、県南・千葉・埼玉エリア本部長、常務執行役員(コンサルティング営業担当)等を歴任。2022年4月より、常陽キャピタルパートナーズ代表取締役社長として、つくばエクシードファンド1号、2号を通じて、つくば地区のスタートアップ企業向けの投資に従事している。こうした職歴を通じてつくば地区とは強い関りを持ち続けてきた。2022年7月からは、脱炭素社会の実現や、地域における再生可能エネルギーの促進を図るために設立された「常陽グリーンエナジー」の代表取締役社長に就任。

株式会社LIGHTz 代表取締役社長CEO乙部 信吾

1977年岩手県盛岡市生まれ。上智大学理工学部機械工学科卒業後、キヤノン株式会社に入社。“ものづくり”の根幹となる生産技術に携わりながら、3D/CAD統合の全社チーフを務め、ITインフラへの造詣を深める。2016年、『人と社会に良質の”気づき”を提供し世の中の豊かな成長に貢献していく』という理念のもと株式会社LIGHTzを創業。独自のAI技術を活用した技術伝承支援、ナレッジプラットフォーム構築のビジネスを立ち上げる。熟練者の思考を可視化する「ブレインモデル」テクノロジーや、それを技術伝承に応用した「汎知化」ソリューションといった独自技術を主軸に、多くのものづくり企業を支援している。幅広い知識と独自のリレーションにより、多くのお客様との対話を通じ国内外100社以上の業務改革と製造業DXを実施。

聞き手:株式会社しびっくぱわー 代表取締役社長 堀下恭平
※本インタビューでは、スタートアップとベンチャーを同義語として扱います

筑波研究学園都市の建設が閣議了解された1963年以降、つくばは茨城県の成長エンジンとしてものづくり産業の日立・東海地区、鉄鋼・石油産業の鹿島地区とともに、科学技術の拠点として社会貢献に繋げるための施策を展開してきました。それらの成長エンジンが独立することなく、連動してこそ最大限の効果を発揮でき、その一翼を担うのは地域経済に根差した金融機関ではないでしょうか。

今回は、地域経済を支える金融機関のスタートアップ支援に関するビジョンと、スタートアップ自身が地域経済を支えていくためのエコシステム的な支援のあり方について、株式会社常陽銀行コンサルティング事業部の岸田さん、株式会社常陽キャピタルパートナーズの池田さん、株式会社LIGHTzの乙部さんをお迎えしてお話します。

01. 地域経済を支える金融機関としてのビジョン

堀下

岸田さん、池田さん、乙部さんよろしくお願いします!

岸田
池田
乙部

よろしくお願いします!

堀下

本題に入る前に、私から少し背景をご紹介させてください。
つくば市では、2018年からディープテックを軸としたスタートアップ支援に本格的に取り組み始めました。150を超える研究機関と2万人の研究者が集まる“知の集積地”としてのポテンシャルを、研究成果の社会実装や起業という形で活かしていこうという流れです。そうしたなかで、自治体・研究機関・金融機関・支援プレイヤーが連携するプラットフォームとして「つくばスタートアップ・エコシステム・コンソーシアム(通称:つくばコンソ)」が組成されました。つくば市がそのハブ機能を担い、支援制度やネットワークが一元的に接続されることで、創業期から成長期にかけた支援の充実が進んでいます。こうした“つくばでのスタートアップの旅路”を、より多くの方に届けていきたいという思いから生まれたのが、私たちが運営するインタビュー連載『つくばスタートアップジャーニー』です。地域に根ざした挑戦の軌跡を記録し、次なる挑戦者にバトンを渡していく、そんな循環をこのメディアを通じてつくっていけたらと思っています。

堀下

まず常陽銀行さんについて岸田さんから簡単にご紹介ください。

岸田

常陽銀行は、めぶきフィナンシャルグループの一員として「質の高い総合金融サービスの提供を通じ、地域とともに、豊かな未来を創り続けます」というグループ経営理念に基づき、地域社会の発展に貢献することを目指し地域密着型の金融機関としての役割を果たしています。当行は茨城県を中心に181店舗を展開しており、海外にも4つの駐在員事務所を構えています。足利銀行を含めたグループネットワークは315店舗、海外6駐在員事務所に及びます。(2024年3月31日現在)この広範なネットワークを活かし、リース、証券、カード、信用保証、さらには常陽キャピタルパートナーズといった各関連会社の機能も含めて、多様な金融サービスを提供しています。なお、本年7月、常陽銀行は創立90周年を迎えます。この節目を記念して、特別金利の定期預金キャンペーンといった様々な事業を実施する予定です。ぜひ、皆さまもこの特別な機会にご参加いただき、ともに地域の未来を築いていきたいと考えます。

堀下

ありがとうございます。次に池田さんから常陽キャピタルパートナーズについてお聞かせください。

池田

常陽キャピタルパートナーズは2021年1月に常陽銀行の投資専門子会社として設立されました。それ以前も常陽銀行では、別の会社でファンド投資は行っておりましたが、2社に分散していた機能を集約して「常陽キャピタルパートナーズ」を設立しました。当社で投資対象としているのは、大別すると2つのカテゴリーとなり、1つは常陽銀行の取引先企業向けの投資。取引先の事業の後継者への承継、事業の成長、事業の再生等を支援するための投資を行っております。
もう1点は本日のテーマでもあるスタートアップ向け投資。有望なスタートアップを発掘して投資を行っております。

堀下

ありがとうございます。常陽銀行と常陽キャピタルパートナーズ(以下「常陽CP」と記載)は、めぶきフィナンシャルグループの一員ということで「芽吹き」という名前がつくばスタートアップジャーニーのコンセプトカラーで若さを象徴する「萌黄色」とぴったり合います!その芽吹いたアントレプレナーを常陽銀行のコーポレートロゴでもある太陽がエネルギーを与える!という、もう素晴らしいストーリーが出来ていますね!

岸田

そうですね(笑)めぶきフィナンシャルグループのブランドカラー「Growing Green」は、植物の芽吹き、成長と未来を表しています。常陽銀行の太陽マークは常陽の陽を表していますので、まさにその通りかもしれませんね。

堀下

そして、つくばで芽吹いてその太陽からエネルギーを受けている乙部さんからは、LIGHTzについてお聞かせください。

乙部

LIGHTzは、2016年10月に日本の先端知が集結する学究都市つくばの地に設立したAIスタートアップ企業です。ミッションは『人の知恵をつなぎ、社会を灯す』、ビジョンは『間(はざま)の問題を解決し、社会の成長機会を創出する』 ことです。LIGHTzが大事にするものは「伝統」です。伝統とは、先に誰かが考え、経験したことを確かな形で後世につないでいくこと。LIGHTzは人々が歴史の中で紡ぎ上げてきた知恵と誇りを新時代につないでいきます。熟練者の技術をAIで「汎知化」すれば製造業の価値はもっと高められると考え、ものづくりの現場で埋もれがちな熟練者の技術や知識を、AIでナレッジ化する「汎知化」「ブレインモデル」を提供しています。

堀下

ありがとうございます。さて、今回の記事のテーマは「地域企業と協創し、新たな企業価値の創造へ 〜未来をやさしく照らす光〜」です。単なるスタートアップ支援ではなく、地域経済の活性化を見据えているところがポイントです。そしてその始まりを「つくばから」というものですが、まず岸田さんにお聞きします。茨城県を中心に地域経済を見てきている常陽銀行として、茨城県におけるつくばの存在をどのように捉えていますか?

岸田

茨城県におけるつくば市の存在は、非常に重要だと考えています。つくば市は、科学技術の研究開発拠点として国内外から注目を集める都市であり、多くの大学や研究機関が集積しています。このような知的資源が豊富な地域であることから、つくば市は新たなイノベーションを生み出す力を持っていると考えています。また、つくば市は交通の便が良く、首都圏とのアクセスが非常に良好ですので、企業活動の拠点としても魅力的です。地域企業と協創し、新たな企業価値を創造するためには、つくば市の持つ潜在力を最大限に活用することが重要であると考えます。常陽銀行としても、つくば市を起点に地域経済の活性化を図る取組みを積極的に支援していきたいと考えています。

堀下

ありがとうございます。つくばは人口が増え続けて地価は県内で一番高いということもあり、古くからの水戸、日立、鹿島などのエリアと並んで茨城県を支える街になっています。その強みが「大学や研究機関の集まり」ということは異論のないところですが、常陽銀行また常陽CPとして茨城県の成長のトリガーであるつくばの企業/経済を支援していくに当たっての方向性はありますか?

岸田

つくば市は、先ほども申し上げた通り、茨城県を支える重要な都市であると考えており、スタートアップや中小企業にとっても大きな可能性を秘めている都市であると考えています。このような背景を踏まえ、常陽銀行としても、つくば市の企業・経済の発展を支援するために、いくつかの方向性を考えています。例えば「イノベーションの促進」です。大学や研究機関と連携することで、スタートアップ企業の新技術や新ビジネスモデルの創出を支援していく方針です。次に「金融サービスの充実」です。中小企業を含む地域企業のニーズに応じた融資制度や投資支援を強化することで、企業の成長をサポートしていきます。さらに「地域コミュニティとの連携強化」です。自治体や地域団体と協力することによって、地域の課題解決やコミュニティの活性化を図っていく方針です。また「デジタル技術の活用」も行っていきます。デジタルバンキングやオンラインサービスを提供することにより、地域のスタートアップや中小企業を含む事業者の業務効率化や生産性向上を支援していきます。個別具体的な支援策については今後の状況やニーズに応じて柔軟に検討していきますが、現時点において明確にお話しすることができない点についてはご容赦いただきたいと思います。これらの取組みを通じて、つくば市を起点とした地域経済の発展に寄与していきたいと考えています。

池田

岸田さんからコメントがあったとおり、つくばは、大学、国立研究機関、民間研究機関が数多く立地し、ここから様々な研究シーズが生まれております。まさに「知の集積地」であると言えます。しかしながら、スタートアップという視点で見てみると、スタートアップが数多く生まれてくるようになってきたのは、我々が「つくばエクシードファンド」という名称でベンチャー企業向けのファンドを立ち上げた2019年頃からではないかと記憶しております。当時は、2019年につくばスタートアップパークが開業、2020年には、つくばスタートアップエコシステムコンソーシアムが設立と筑波大学のつばさ事業がスタート、さらにはTCIベンチャーアワードも開始、2021年にはCIC TokyoにてTsukuba Startup Night 2021が開催。我々常陽CPも2022年にスタートアップを担当しているグループの事業所を水戸からつくばに移しております。こうした形で2019年ころから地域のスタートアップ支援に関わっている各ステークホルダーが面的に動き出し、結果としてスタートアップが創出されやすい土壌が出来上がってきたのではないかと思われます。岸田首相が「スタートアップ創出元年」と位置付けたのが2022年ですので、つくばではそれを3年前間倒しする形で面的な活動を展開してきたということになります。

堀下

ありがとうございます。スタートアップへのエクイティ出資は、多くは独立系VCやメガバンク系VCを見る機会があります。しかし、地域に根差した銀行がVC機能を持つ意味は、あまり知られていないんじゃないかと思います。常陽CPとして一般的なVCとの違いを簡単にお聞かせください。

池田

当社の投資理念では「短期的な成果創出に捉われず、長期的な視点において価値を創造する投資を実行します」ということを謳っており、ファンドが投資対象としているのは「原則として、地域経済・産業の活性化への寄与が見込まれる企業」としております。さらに「投資リターンは課題解決の結果である」ということを明記しております。したがって、ファンド会社である以上は一定の利益追求はしなければならないものの、利益だけではなく、ファンド投資よって地域経済・産業の底上げを図っていくということを明確にファンド事業の取組目的として掲げております。

こういった投資理念は、地銀ならではのものであり、短期的なリターンを優先する他のVCとは明確に異なる事業運営を行っております。
もう1点は他の地銀との違いです。VCを立ち上げている地銀は数多くあるものの、それらのVCが投資対象としているのは東京、大阪、福岡等、都市圏のスタートアップが中心となっております。我々の場合は、営業地盤内に「知の集積地つくば」があるため、つくばを中心とした投資に取り組んでおります。地元を主ターゲットとしてVC投資を行っている地銀は全国でも珍しいものと思われます。

堀下

なるほど、ということは融資業務がメインである銀行本部との連動性も重要になってくるからこそ、100%資本の子会社としての常陽CPなのかなとも感じました。このあたりの銀行本部と常陽CPの補完性についてお聞かせください。

岸田

銀行と常陽CPの補完性は様々ですが、主に「資金調達の多様化」、「経営支援の多様化」が挙げられると考えます。まず「資金調達の多様化」についてですが、銀行の融資は企業に対する安定した資金供給、常陽CPの投資は企業の成長を促進するためのリスクマネーの提供を行うことから、条件やコスト等は異なるものの、企業は資金調達の選択肢が広がり、成長機会を最大限に活用することができます。次に「経営支援の多様化」についてですが、常陽CPは投資先企業に対して経営支援を行い、投資先企業の成長を最大限に引き出すための包括的なサポートを行います。一方、銀行は融資先企業に対して様々な金融サービスを提供し、安定した経営基盤構築をサポートします。このように、常陽銀行と常陽CPは、それぞれの強みを活かしながら相互に補完し合い、地域経済の発展を支援しています。

02. スタートアップとして筑波研究学園都市で創業し活動する意味

堀下

岸田さんや池田さんのお話にあったように、地域経済を支える金融機関の存在はつくば・茨城のみならず日本の多くの地域で必要ですし、中小・零細企業支援に限らずスタートアップも地域の一員として支援をしていく姿勢は、とても心強く感じます。

さて、スタートアップ側の視点に移したいと思いますが、乙部さんはLIGHTzをここつくばで創業されています。しかし、LIGHTzは筑波大学発ではなく国研発でもありません。もちろん、そのようなスタートアップもつくばには多く存在していますので決して珍しいわけではありません。まず初めに、なぜつくばで創業したのかをお聞かせください。

乙部

日本の先端知が集結する学術研究都市つくば市で創業するということはシンボリックであり外に対して発信する際にも唯一無二のポジションを取ることができると感じました。そして実際そういった効果があったと感じています。またつくばを代表する企業へとさらに成長し、強固な産業を創出したいという気持ちも創業時から強く抱いています。

堀下

なるほど、ちゃんと聞いたのは初めてかもしれません!つくばはアカデミックな街で産業が弱いと言われることが多いのですが、そのつくばで地域産業をターゲットにしたスタートアップを創業させた背景がよく分かりました。テック系スタートアップでよく言われることが、自分の技術シーズがあってそれをベースにビジネスモデルを考えていく会社が多いというものです。乙部さん自身は、もともと研究者からスタートアップしたということではなく、大手メーカーに勤務されてきた中でのLIGHTz創業ですが、キーワードとして地域産業、地場産業、伝統産業などはその段階で出てきたのでしょうか?これらは技術側からではなくニーズから生まれたビジネスプランでしょうか?

乙部

そうですね、私自身はもともとキヤノンで製造業の現場と向き合っていたので、現場で積み上げられてきた“暗黙知”や“勘所”といった、いわば属人的なナレッジがいかに重要かを肌で感じてきました。一方で、そういった知が継承されないまま失われていく現実にも直面していて。だからこそ、熟練者の思考やノウハウを、AIの力で“可視化”し、“再現”していくことができれば、これまで難しかった技術伝承や人材育成が変わるのではないかと考えました。テクノロジードリブンというよりは、明確に“現場起点”の課題意識からスタートしたビジネスですね。

堀下

ここでポイントと思われるものが、取引先が中小企業や伝統産業だと、そもそもとして経営に困っている状態の会社が多く、新しいDXサービスなどの導入には躊躇するんじゃないかと思います。そのあたり、苦労されたことなどがありましたら教えてください。

乙部

やはり一番大きかったのは「DX」という言葉に対するアレルギーですね。特に中小企業の経営者にとっては、“今ある課題にすぐ効くのか?”という視点が強く、AIやデジタル化の必要性を腹落ちしてもらうまでに時間がかかりました。私たちが提供しているのは、単なる効率化ツールではなく、“人にしかできない価値創造”を支える土台づくりなんです。そこを理解していただくために、徹底的に現場に寄り添い、導入前の対話や納得感を大切にしてきました。

堀下

そういう面では、地域産業と一番のつながりを持つ地銀との良好な関係の構築も重要のなってくると思います。LIGHTzのファイナンス計画の中で、金融機関系VCの選択肢、そしてデット(融資)での資金調達は当然計画されていた、ということでしょうか?

乙部

はい、起業当初から資金調達の選択肢として、金融機関との連携は意識していました。特にLIGHTzの事業は、地域のものづくり企業との接点が多いため、地銀さんとの信頼関係は非常に重要です。エクイティだけではなく、融資を通じて資金面での安定性を高めたり、地域企業との協業の場をともに創ったりような関係性を重視しています。実際、常陽CPさんとの連携も、単なる出資という枠を超えて、共に社会課題を解決していく“仲間”という意識を強く持っています。

堀下

この点について池田さんにお聞きしたいのですが、先ほどお聞きした常陽銀行と常陽CPの経営方針において、単に伸びそうなスタートアップという要素だけでなく、地域産業を支える、地域企業の課題を解決してくれるスタートアップは支援先としては大切な存在になると思うのですが、このあたりについて、支援を決定するときに議論はありましたか?

池田

製造業において熟練工の高齢化が進み、熟練工の属人的な技術をどのようにして標準化して他の技術者に伝承していくかということは、大きな社会課題の1つとして位置付けられます。LIGHTzさんが取組む、「企業における属人的な技術やノウハウの可視化(汎知化)」は、こうした社会課題に対して対応しているものであると考えております。我々が投資したタイミングはLIGHTzさんが、汎知化をより汎用化したプロダクトを世に送り出そうというタイミングでもありました。こうした技術がつくばから発出され、全国の企業の経営課題を解決するという事業の広がりを是非とも支援させていただきたいという想いを持って投資をさせていただきました。

堀下

ありがとうございます、出資と融資ではそれぞれ視点が異なりますが、スタートアップのビジョンやビジネスモデルはこれらの判断においてとても重要な面を持っていることが分かりました。
さて、関連して、近年スタートアップ支援が盛り上がる中で、ベンチャーデットという手法も広まってきています。簡単にいうと、金融機関がスタートアップに対して融資を行う際、スタートアップは融資者に対して新株予約権の無償発行などで信用リスクを補完する仕組みです。一見するとスタートアップでも融資が受けやすくなる、と思いがちですが、乙部さんから見て何か実行面での課題があればお聞かせください。

乙部

ベンチャーデットは、資金調達手段としての可能性が広がっている一方で、単にベンチャー企業への融資実行の敷居が下がるというものではなく、その実行に当たっての金融機関との合意形成が重要だと感じています。当社のように無形資産中心のビジネスを展開している企業にとっては、短期的なキャッシュフローだけでは測れない価値をどのように説明するかが常に課題になります。また、金融機関とスタートアップの間で「どこまでを支援対象とするか」「どう成長を見通すか」の共通理解がないまま進むと、むしろ成長の足かせになってしまうケースもあります。だからこそ、初期段階から丁寧に対話し、リスクを単なる“リスク”としてではなく“機会”と捉えてもらえる関係性を築いていくことが、すごく大事だと思っています。

岸田

先ほど堀下さんが仰った通り、スタートアップの資金調達において、ローン(借入)による調達も拡大傾向にあります。まず、スタートアップはエクイティでの資金調達が一般的ですが、調達が増加すると、新株発行により創業者や既存の株主の持分が希薄化したり、投資家が経営に対して影響力を持つため、意思決定に時間がかかる可能性が生じる点などのデメリットもあります。この点、ローンでの調達では、持分の希薄化を抑えられ、創業者や既存の株主の持分を維持することが可能となります。一方、返済義務が生じるため、キャッシュフローにおける負担が大きく、また、返済が滞ると信用が低下し将来的な資金調達が困難となるリスクもあるため、企業の状況や目標に応じて最適な調達方法を選ぶことが重要です。

当行では、革新的技術・ビジネスを持つスタートアップを支援することで経済成長・社会課題解決に貢献すること等を目的に、本年4月にストラクチャードファイナンス部内にスタートアップファイナンスグループという専門部署を立ち上げ、ベンチャーデットへの取組みを開始しました。今後、様々な案件に関わることにより、ノウハウを蓄積していこうと考えています。

堀下

なかなか課題も多くあるかと思いますが、常陽銀行ではベンチャーデットを取り扱う部署が立ち上がったということなので、今後に期待したいですね!
それと資金調達面で視点を変えると、LIGHTzで特徴的なのが現在大手企業4社と資本業務提携を結んでいます。これも長い目で見ると大手企業のサプライチェーンには中小企業も含まれていますから、柱となる企業のDXが進めば、それに合わせて取引先の中小企業にも広がっていくんじゃないかと思います。この4社からはどのような期待をLIGHTzに寄せているのでしょうか?

乙部

各社とも共通して仰るのは、「人の知恵を活かす仕組みをともに創りたい」という点です。LIGHTzの技術は、単にAIで何かを自動化するのではなく、人の経験や思考を未来に繋ぐ“橋渡し”の役割を担っています。その可能性に共感してくださった企業様が、自社の課題解決にとどまらず、業界全体へのインパクトを期待して提携に至ったと理解しています。中小企業との共創も見据え、私たちが“媒介”となって、産業全体の知の継承と進化を支える存在になれればと考えています。

堀下

よくオープンイノベーションという言葉も耳にしますが、資本業務提携のように深く連携することは中々聞きません。LIGHTzは地域経済全体を視野に入れているからこそ、大手企業からの注目があるのかなと思います。そしてこれら大手企業とどのようにして接点を作るか、これこそまさに金融機関のネットワークを活用してこそだと思います。

03. 地域との協創により、新たな地域価値/企業価値の創造へ

堀下

これまでのお話を振り返ると、地域産業、地域経済を盛り上げていくという共通のミッションがあり、銀行側としてはエクイティファイナンス、デットファイナンスでスタートアップを支援していく流れです。その中で経営計画や地域企業との連携も支援しているということですが、つくばのスタートアップ支援を全体的に見ていくと、ミドル・レイターステージでの支援が弱いという声も聞きます。つくばエリアのシード・アーリー期はエコシステム会員の事業を見ても、比較的に支援事業の質は高いと思いますが、乙部さんから見てこのあたりのミドル・レイター期の支援状況をどのように感じているかをお聞かせください。

乙部

ベンチャーデットは、スタートアップにとって非常にありがたい仕組みである一方で、やはり導入の際には慎重な判断が必要だと感じています。特に当社のように製造業の支援を行っている企業にとっては、安定したキャッシュフローの確保が前提になりますし、資金使途も長期的なR&Dや開発が中心です。ですので、返済タイミングや条件設定が実情と合わないと、せっかくの好機を逃してしまうこともあります。とはいえ、信頼できる金融機関と設計段階から丁寧に対話していくことで、可能性は大きく広がると思っています。

堀下

銀行側としてもここの問題意識はありますか?

岸田

ミドル・レイターステージの企業は、既に一定の成長を遂げており、さらなる資金調達やビジネス拡大のための支援が必要となります。こうした観点から、常陽銀行としては、資金支援のほか、「ビジネスマッチング」による支援を行っていく考えです。ファイナンス組成等様々な手法による資金支援を行っていくとともに企業間を繋ぎ、企業同士のマッチング支援によるビジネス拡大支援を行っていきます。

池田

つくばは、スタートアップの創出にとって良好な環境の街である一方、スタートアップがスケールしていくタイミングでは課題が残っております。その課題は何か?一言で言ってしまうと「産業界とのつながり」です。スタートアップがプロトタイプ開発でPOC等を行う際には、ユーザー側となる大企業の支援が必要となる場面は多々あります。そういった面ではつくばは、ものづくり企業等の基幹産業がほとんどなく、公共交通で東京から45分の距離とは言え、「都内本社大企業にとっては物理的な距離以上の距離感があると感じている」と言っても過言ではありません。常陽銀行は過去に地銀の中では、かなり早い段階から都内に支店を設置した関係で、都内の上場企業とは数多くお取引をいただいております。こうした大企業に話を聞くと、「つくばの研究シーズには興味はあるものの、情報が少なく、アクセス方法もわからない」という話が出ます。そのため、常陽銀行グループではこうした大企業の皆様に、「まずはつくばをよく知ってもらう」というような活動を展開しております。

堀下

ミドル・レイター期ではどんな支援があるのだろうと感覚的に考えると、会社が大きく成長する段階なので資金も重要ですが「人材確保」や「新たな事業開発」での支援が必要になってくるんじゃないかと。特に売り上げを増やしていく事業開発は、他企業の事業買収なども含めて戦略的に進めていかないと難しいというところだと思います。乙部さんはこのあたりの難しさは感じていますか?

乙部

ミドル・レイター期のスタートアップをしっかりと支援していただける機関は、まだまだ限られていると感じています。だからこそ、私たち自身もそのフェーズにある当事者として、どういった支援が本質的に求められているのかを発信していく責任があると思っています。これから成長していくスタートアップが、安心して次のステージに踏み出せるような環境を、地域全体で育てていけたらと願っています。私たちのようなスタートアップは、これまで仲間とのつながりや小さなコミュニティの中で、共感と熱意によって支えられてきました。ですが、事業が拡大していくにつれて、これまでとは異なる視点や判断軸が求められるようになってきます。だからこそ、金融機関や支援機関の皆さんからの視点やアドバイスは、今後の意思決定においてますます重要な指針になっていくと感じています。その関係性を築いていくためにも、私たち自身が“教えてもらう準備”を整えること、つまり視座を高めていくことが、次の成長には不可欠だと実感しています。

堀下

やはり、この点でも金融機関の資金支援や企業との接点の多さという支援が効いてくるんだなと思いますが、その金融機関でも課題を感じているとのことでした。スタートアップ・エコシステムという面で考えると、こうしたミドル・レイター期においては、先輩アントレプレナーの存在も大きいと思いますし、その前例となる事例を作っていくために行政として何ができるか、という点も重要になります。つくばスタートアップ・エコシステム・コンソーシアムでは、多様な支援機関が多く参画しています。最後に、つくばエリアでスタートアップの成長を支援していくために、スタートアップ自身に求めること、支援機関に求めることをそれぞれからお聞かせください。

岸田

スタートアップ企業に対して求めることは、「明確なビジネスプラン」、「成長戦略の具体化」でしょうか。
実現可能で具体的なビジネスプランを提示していただきたいと考えています。市場調査や競合分析を含め、収益性や成長性を示すことが重要です。また、短期および長期の成長戦略を具体的に示し、将来の展望や目標を明確にしていただきたいと考えます。これにより、銀行としての支援がより効果的になると考えます。
次に、支援機関に対して求めることについてですが、「専門知識とアドバイスの提供」、それから「ネットワーキングの支援」、「資金調達のサポート」ですね。
専門的な知識やアドバイスを行うとともに、スタートアップ企業と投資家や業界の専門家とのネットワーキングを支援し、スタートアップの成長を促進していただきたいと考えます。また、資金調達の方法や戦略についてアドバイスを行い、プレゼンテーション等の準備をサポートいただけるとありがたいです。これにより、円滑な資金調達につながると考えます。
スタートアップ企業と支援機関、そして我々金融機関が連携し、ともにつくばエリアにおけるスタートアップの成長を支援していきたいと考えています。

池田

スタートアップの皆様の中には「これまで金融機関との接点がほとんどない」という方も多くいらっしゃるかと思われます。そういった方々は、「金融機関(VCを含む)に対してどのような距離感で接したら良いかわからない」と思われているのではないでしょうか?
人間誰しも「自分たちを良く見せたい」という気持ちがあると思いますが、我々の投資先の皆様を見ていると「良いことはアピールするものの、悪いことはあまり報告していただけない」というような行動を取られているケースも散見されます。これは仕方がないことだと思います。ただ、エクイティ投資をするということはその会社の経営に参加をするということと同等のことです。
過去には金融機関は「晴れた日に傘を差し出し、雨が降ってくると傘を取り上げる」と言われた時期もありましたが、今の金融機関ではそんなことは許されません。我々も皆様の事業を伴走支援させていただくつもりですので、フランクなお付き合いをお願いします。
また、この地域には数多く支援機関が存在するものの、単独の支援機関だけでできることは限られております。是非とも、支援機関の横連携を深めて、この地域をスタートアップが創出しやすく、スタートアップが成長しやすい地域にしてまいりましょう。

堀下

ありがとうございます。未来の産業は、いまここにいる誰かの「問い」から始まります。そしてその問いを育て、応援し、ともに考える仲間が地域にいること。その事実こそが、スタートアップにとって何よりの追い風です。今日の対話では、スタートアップのリアルと、金融機関・支援機関のまなざしが、誠実に交わり合いました。ミドル・レイター期という“第二の坂道”にさしかかる挑戦者にとって、信頼を軸に寄り添い、支えようとする存在が地域にあること。それは「つくばらしさ」とも言える、この街の静かな強さだと感じています。ひとつのアイデアが芽吹き、仲間の共感に育まれ、やがて誰かの支えによって社会に根を張っていく。その過程を経て、スタートアップが「地域の新たな構成要素」へと育っていく。そんな循環が、ここ筑波の地で少しずつ始まっていることを、あらためて確かめられた時間でした。

つくばで挑戦する誰かが、一歩を踏み出すとき。今日のような出会いと対話が、その背中をそっと押せるものであれば、こんなに嬉しいことはありません。

つくばのスタートアップ・エコシステムはスタートアップのみならず地場産業や中小企業、そしてそれを支える金融機関との「信頼あるつながり」が強みです。地域の経済産業を支える金融機関がエクイティからデットまでを連動して支援でき、さらにスタートアップ自身が社会課題の解決に挑戦している姿こそ、つくばにおける様々な要素が結合して生まれるイノベーションの土台です。

スタートアップが挑戦し、成長し、世界へ飛び立つ旅の物語
“つくばスタートアップジャーニー”
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